2015年1月31日土曜日

杉田成道監督 「最後の忠臣蔵」

帰省した日本からロンドンに戻る機上で杉田成道監督の映画「最後の忠臣蔵」(2010年)を観た。雲の上の映画館はいつも楽しみにしている。今回は年末の帰省のフライトと上映リストが同じで、その時観た「柘榴坂の仇討」が良かったので、もう良い映画は残ってないかもとやや不安だった。「最後の忠臣蔵」というタイトルに少し引いてしまう。「赤穂浪士がテーマで役所広司と佐藤浩市がW主演ていうのは何だか気恥ずかしいくらい」と斜めの気持ちで観始めた。大石内蔵助の遺児を守る密命を受けて、卑怯者の汚名と苦難に耐えながら、任務を遂行するサムライの物語。最後のお輿入れの行列につきそう松明が次第に増えていく場面が圧巻だった。16年前の討ち入りの晩に死んでいたはずのサムライが見事に使命を貫き通して、帰るべき場所に帰る物語が素晴らしい。

近松門左衛門「曽根崎心中」の人形浄瑠璃が全編を通じて登場する。「曽根崎心中」は増村保三監督で、宇崎竜童と梶芽衣子主演による映画を1978年に観ているので懐かしい。この「曽根崎心中」の人形浄瑠璃が、映画の全編でパラレル・ストーリーとして演じられているのが効果的だ。サムライの使命感と矜持をテーマとした映画で、主家の姫君に懸想するなどということはあってはならないはずなのに、役所広司演じるサムライが姫君のおみ足を両手に抱きながら洗う場面やら、姫君の入浴の場面(後方上空からのカメラワークでアブナイ場面はなし)やら、雪の道を赤子の姫君を懐中に抱きながらの逃走を回想する場面などが美しい。その音楽が「曽根崎心中」で、この映画はサムライ映画なのか、恋物語なのかと混乱してしまいそう。


ほとんどあり得ない状況で、このサムライと姫君の不可能な恋を成就させてやりたいと観客ははらはらどきどきしてしまう。ここで映画がさらにヒトヒネリしてあるのは、見事に使命を果たしたサムライに、これまで二人を匿ってくれた元夕霧太夫が長年の恋心を打ち明けるくだり。この素敵な役を安田成美が演じている。この女優さん、年齢を重ねてからとても良い感じ。


「曽根崎心中」の原文をチェックしてみると、道行きの果てに曽根崎の森で心中する二人が最後に語り合う。徳兵衛はすでに両親を失くしているので、彼岸の世界で両親に会って詫びたいと願う。お初は故郷の両親がまだ生きているので、やがて心中事件についても両親の耳に入るだろうと嘆く。「せめて心が通じなば夢にもまみえてくれよかし。なつかしの母様やなごりおしの父様や」。五藤利弘監督の「ゆめのかよいじ」と通底する世界だ。

2015年1月9日金曜日

五藤利弘脚本作品  「The Milky Way」

五藤監督のことを「モノクロームの少女」(2009年)と「ゆめのかよいじ」(2012年)というどちらも郷里の越後長岡(栃尾)を舞台にした抒情的な作品でデビューした若手監督だと思っている人も多い。監督はわたしとそう大きく年齢が違うわけでもないし、シナリオ・ライターとしてはベテランだ。シナリオ・ライターとしての活動時代の注目作品が1999年の「The Milky Way」である。同年のピンク映画ベストテンの5位となり、翌年のアテネ・フランセで企画上映会では河瀬直美、是枝裕和、黒沢清など勢いのある監督の作品と並んで話題になった。この作品を観る機会があったので、感想をまとめてみた。

「ピンク映画」というとびっくりする人もいるだろうが、青春映画の名作で少しも桃色でないなどということは稀だ。わたしの好きな映画で言えば黒木和雄監督「祭りの準備」、根岸吉太郎監督「遠雷」などはかけらどころか、真っ向からの堂々たる桃色映画でもある。その上で青春映画の傑作であることは広く映画ファンが認めるところだ。五藤監督が「青春Hシリーズ」で撮った「スターティング・オーヴァー」と「愛こそはすべて」も青春映画の佳作である。五藤監督ファンとして嬉しいのはこの2本の作品がとてものびのびと撮られていることだ。それぞれの作品における五藤監督のユーモアと遊び心については、別にブログで書いた感想にまとめているのでご一読いただきたい。

「The Milky Way」は筋金入りのピンク映画である。前半は古き良き日活作品を観ているような妙な懐かしさがある。後半に入ると映画のヒロインである小説家がその作品の中に入り込み、もう一人のヒロインと対話し始める。難解なフランス映画のような、寺山修司監督作品のようなと形容の仕方はいろいろあるだろうが、面白い映像だ。二人のヒロインが交互にクローズアップされる場面、海辺でリヤカーを押しながらドラえもんに出て来るような別の世界へつながるドアなど魅力的な場面が連続している後半はとても面白い。ピンク映画の製作という枠組みの中で自由にやりたいことを試してみるという多くの映像作家たちが経てきた道なのだろうと感じた。


この映画でもう一つ思い出すのがウディ・アレン監督の「カイロの紫のバラ」(1985年)だ。この映画ではミア・ファロー演じる生活に疲れた人妻が映画の中の虚構の人物に恋をする。やがて現実と虚構の世界を隔てていたスクリーンを飛び越えてあちらの世界とこちらの世界で登場人物たちが対話をし始める。「The Milky Way」では小説家と登場人物という形で、この構造が採用されている。この点でかなりハードボイルドなピンク映画が、実は「ゆめのかよいじ」を代表とする五藤ワールドに連なる作品であることに気がついた。故郷映画、青春H映画、美少女コンテスト映画とこのところ五藤監督の様々な作品を観る機会があったが、そのどれをも通じて一貫した基調音が流れているところが五藤作品の魅力だ。




2015年1月6日火曜日

五藤利弘監督 映画「愛こそはすべて All you need is love」を観ました

年が明けても12月に公開された五藤監督の「ゆめはるか」をめぐってマスコミの報道が続いている。2013年の秋に公開された五藤監督の作品「愛こそはすべて」を観る機会があったので感想をまとめてみた。

ビートルズの熱烈なファンである五藤監督は、この映画のタイトルとして名曲「All you need is love」を使っている。フリーターの若者が突然、病気になってから始まるこの映画は全編がジョン・レノンの書いた詞をフォローしているとも言える。死に直面した若者に、友人や元カノが繰り返す「ごめんね。何もしてあげられなくて」という台詞もこの歌につながるものだ。「できないものは、どうしたってできないさ」「救えないものは、どうしたって救えないさ」「自分にできることをするだけなんだ」「愛することこそがすべて」という歌詞はこの映画のテーマでもある。


フリーターの若者の住む部屋の近所にブランコがあって、重要なやりとりがブランコに乗った主人公たちによって演じられていく。五藤監督の尊敬する黒沢明監督の「生きる」へのオマージュであることは明らかだ。この映画の最大の魅力は初期の短編栃尾映画で高校生の役を演じた藤田彩子が演じるヒロインだと思う。映画のラストシーンでの熱演も印象的だが、死を目の前にしたからと言ってよりを戻そうとする元カレに対するストレートな台詞の数々に説得力がある。この女優さんを再発見した思いがした。


抒情的な作品を発表してきた五藤監督としてはかなり大胆な作品でもある。元カノとよりを戻そうとして断られた主人公のフリーターは死亡保険金の受取人になりませんかという形で様々な女性にアプローチする。この映画の見どころでもある。五藤監督はドキュメンタリー映像の作家としての仕事もしているので、その手法が生きている感じがする。マイクを手にした五藤監督が、街頭で若い女性たちにインタビューしているような印象を受ける。出会い系サイトの人妻、自傷行為と刺青の女性、ヤンキー娘、外資系に勤める働く女性の群像ドラマという見方もできるだろう。


主人公の若者について言えば殺風景な部屋で郷里の母親が送ってくれたおこわをかみしめる場面で前作「スターティング・オーヴァー」を思い出す。突然に死の淵に立たされるテーマは最新作の「ゆめはるか」につながるものだ。蛇足ながら若者の名前は優で、ヒロインの名前は愛。「All 優 need is 愛」という監督のユーモアにすぐ気が付いた人は即日五藤監督ファンクラブに入会していただきたい。いろいろと仕掛け満載の映画なので、観る人ごとに映画の印象は変わるはずだが、監督のファンにとっては見逃せない作品だ。