2015年8月19日水曜日

江利チエミさんのこと

FB友だちのTさんが「わたしはサザエをしばらく休業する。わたしはナカタである」という謎めいたコメントを投稿したのは今年の始めのことだ。この謎解きをすべく、わたしも村上春樹の「海辺のカフカ」を読んだ。自分のことを「サザエ」と呼んでいたのは、元気で溌剌として、時々忘れ物をする辺りが似ているからだとTさんは自分で分析されている。この人はその時々の気分で陽気なサザエさんになったり、猫語を解するナカタさんになったりするらしい。

「サザエさん」は長谷川町子さんが書いた昭和を代表する漫画だ。わたしが子供の頃に江利チエミ主演でドラマ化された。「サザエさん」の他にもいくつかの名作ドラマがある。「咲子さん、ちょっと」というドラマも好きだった。FB友だちのRさんによると、このドラマのモデルになっているのは中村メイコさんと彼女の家庭だそうだ。小泉博が夫役で、伊志井寛と京塚昌子が嫁ぎ先の両親の役を演じた。ドラマの中で歌われた「新妻に捧げる歌」は中村メイコ作詞、夫の神津善行作曲だ。

初期の「テネシー・ワルツ」も良いが、この人はもっとアップテンポのものを歌ったほうが声の魅力が引き立っている。戦後の米軍キャンプ回りで歌唱力を鍛えたらしい。まだ新人で人気者になる前の高倉健さんは、大スターだったチエミさんを追いかけて、相手にされなくてもめげずに頑張り結婚したそうだ。中年を過ぎてから人に騙されて巨額の負債を負うなど不幸が続き、健さんとも離婚した。晩年の絶唱「酒場にて」は辛すぎる感じがする。離婚してから独身のまま、昨年暮れに亡くなった健さんもチエミさんのことをずっと好きだったのではないかと思う。お二人の冥福をお祈りします。

今井雅之さん追悼 ドラマ「深川の鈴」の思い出

今年の5月に俳優の今井雅之氏がご逝去された。この人が出演したTVドラマのVHSがわが家に残っている。19981月に放映された川口松太郎原作の「深川の鈴」だ。小説家志望の青年と子供を抱えながら深川で寿司を握っている女性の物語だった。ヒロインを演じた田中裕子の魅力が光るこのドラマで、一歩も引かないどころか、田中裕子演じる魅力的なおかみさんを夢中にさせる青年を清々しく演じていた今井氏のご逝去は残念だった。DVD化されてほしいなと思う名作だ。川口松太郎「人情馬鹿物語」からドラマ化された短編3話の一つだ。常盤新平氏がエッセイの中で、この物語は川口松太郎氏の実話に基ずいているのではと推理している。この小説をきちんと読んでみたくなった。

亭主に死なれて深川で寿司屋を一人で切り盛りしているおかみさんがいる。働き者で気立てがいい。小さな子供を抱えて女手一つでは大変だろうと世話を焼く人がいて、小説家志望の青年と縁談がまとまる。物心つき始めた子供は階下の部屋に寝かせているが、何かあったらすぐ様子が分かるように母と子の足を細紐でつないで鈴が鳴るようなっている。その鈴をチリリンと鳴らすのは寝ている子供ばかりではない。田中裕子演じるおかみさんは、しばらくすると青年に静かな口調で語りかける。「別れましょう。このままいたら、あんたは小説を書くことを忘れてしまう。相性が良すぎるみたいだし」。しみじみした味わいが記憶に残る作品だ。

田中裕子はNHKの朝ドラでブレークしたせいか、爽やかな印象が強いが、時折り妖艶さを感じさせる作品でも好演している。高倉健と共演した降旗康男監督の「夜叉」がすごい。小林薫と共演したドラマ「仕立て屋銀次」で演じた侠客の一家の跡取り娘の演技も色っぽさが際立っていた。戦後の日本映画の妖艶な美女と言えば、黒澤明監督の「羅生門」のヒロインを演じた京マチ子が最高だ。大地喜和子がその系譜につながる女優だと思っていたが、事故で早世したのが残念だ。その後と言うと田中裕子ということになる。近年の宮沢りえは透明感のある色気が目立つようになったが、「妖艶」という言葉で形容されるものとは違う。

加藤武さん追悼 今村昌平監督「豚と軍艦」の思い出

故郷長岡市出身の五藤利弘監督の「モノクロームの少女」でモノクローム写真の女性の父親役を演じた加藤武さんがご逝去された。ご冥福をお祈りいたします。加藤さんが演じたのは栃尾の造り酒屋のご主人の役だ。この場面が撮影されたのは、地酒「越乃景虎」で名高い栃尾の諸橋酒造だ。新潟県長岡市の奥座敷とも言うべき栃尾は有数の豪雪地帯として知られている。春になると緑の棚田が広がり、秋は黄金色の稲穂が美しい。栃尾は上杉謙信が幼少期を過ごした土地でもある。景虎は上杉謙信が若い頃の名前だ。「越の景虎」は五藤監督の栃尾3部作の上京篇とも言える映画 「スターティング・オーヴァー」 にも登場する。

国際開発関係者の集まりでご一緒しているK先輩が、2011年秋の三越劇場での新内の公演に出演されたのを見に行った時に、加藤さんはゲスト出演されていた。渋い美声だった。去年のW文春連載の春日太一という人の「木曜邦画劇場」というコラムで、加藤さんが演じた主要作品として「豚と軍艦」が紹介されていた。年末にロンドンの老舗書店フォイルズのDVDセクションで今村昌平監督「豚と軍艦」と「盗まれた欲情」(2本で1枚)、「人間蒸発」を見つけて買っている。思いがけないクリスマス・プレゼントだった。

「豚と軍艦」は懐かしい映画だ。都営三田線の白山駅の近くに「映画館」というジャズ喫茶があった。場所は変わったが今もあるはずだ。親切なおばさんがほとんど一人で切り盛りしていた。夜になると息子さんであるマスターが来るが、来ないときもあった。マスターは映画の助監督だったので忙しい時はお店どころではなかった。昼間のお店がヒマな時には珈琲一杯で何時間いても追い出されないどころか、時々 「ついでだから食べなよ」 とスペシャルメニューが出てきた。中島みゆきの「店の名はライフ」という歌がある。「最終電車を逃したと言ってはたむろする。。。」。そういう感じの店だった。


この喫茶店では月例くらいで映画の上映会があった。マスターの好みがとてもはっきりしていた。「豚と軍艦」、「からゆきさん」(今村昌平監督)、「じゃぱゆきさん」(山谷哲夫監督)はこの店の上映会で観た。「豚と軍艦」は若くてきらきら輝いている頃の長門裕之の主演作品だ。ヒロインは吉村実子。丹波哲郎、加藤武、小沢昭一など重厚な脇役陣がすごい。

2015年8月16日日曜日

静御前の墓と猫又権現 五藤利弘監督「モノクロームの少女」

源義経を思う一途な気持ちで有名な静御前の墓の所在地については全国に諸説ある。その一つによれば新潟県長岡市栃尾にある栃掘の高徳寺もその幻の墓の所在地とされている。栃尾の美しい風景を舞台にした五藤利弘監督の映画「モノクロームの少女」にもこの伝説は登場する。栃尾名物の油揚げ店「豆撰」さんの「お元気ですか おてがみれしぴ」にも紹介されている。このパンフは豆撰さんを2014年の夏に訪問した時にTさんからいただいた。読みごたえのある栃尾紹介だ。油揚げ料理のレシピも付いている。静御前ばかりでなく、弁慶と富樫のやりとりで有名な「勧進帳」の舞台となった関所がどこにあったかについても諸説あるそうなので、栃堀のお墓も本当かも知れない。

この映画には長岡市栃尾にある南部神社というお社も登場する。境内に猫の石像があって、「猫又権現」とも呼ばれる。招き猫で縁起が良いとして、商売繁盛を願う人も参拝するらしい。この神社は鎌倉時代末期の武将新田義貞に縁があるそうだ。後醍醐天皇に呼応して、群馬を拠点にしていた新田義貞が挙兵した時に、越後の国の新田氏の一族も参加した。その挙兵の日に祖先の霊を慰めるための供養が、毎年5月8日に行われる。南部神社の「百八灯」と呼ばれる伝統行事である。暗闇の中に数千のろうそくの灯りが浮かぶ幻想的な光景だ。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%99%E5%BE%A1%E5%89%8D