2015年5月7日木曜日

ギリシャの思い出とテオ・アンゲロプロス監督の映画「旅芸人の記録」

2004年から2007年までギリシャの北に位置するマケドニアで勤務したので、ギリシャには何度となく出かけた。マケドニアの首都スコピエから車で一時間半でギリシャ国境にたどり着く。そこからギリシャ第二の都市テサロニキまでは一時間だ。ギリシャと聞いて連想するのはテオ・アンゲロプロス監督の映画「旅芸人の記録」(1975年)だ。第二次世界大戦前後のギリシャの困難な時代を描いた名作だが、この映画の中に次々と登場する外国の軍隊の移り変わりを見ていると、ギリシャが東西の勢力がぶつかり合って複雑な歴史を持つバルカン半島に位置する国であることがよくわかる。

マケドニアに住んでいたせいか、この映画を観るまではギリシャにネガティブな印象を持っていた。冷戦が終わり、旧ユーゴスラヴィアが解体し、マケドニアが独立した時に「旧ユーゴスラヴィア・マケドニア共和国」という長い名前を付けることになったのは、国連加盟の段階でギリシャが「マケドニア」という国名に反対したからだ。これは歴史上に名高い古代マケドニアが現在のギリシャ北部、マケドニア、ブルガリア南部を含めた地域全体を含む大国だったことに由来している。その後もマケドニアとギリシャの間で名前をめぐる小競り合いが続いた。ギリシャがテサロニケ国際空港を「マケドニア国際空港」と改名すると、マケドニアは対抗するかのように首都スコピエの空港を「アレキサンダー大王国際空港」と改名している。小さなお隣の国を相手に、かつての大国意識を振りかざすのは如何なものかと思っていたが、映画「旅芸人の記録」を見て、この国も周辺の強国の間に挟まれて苦労してきたのだと思った。

ギリシャでは1974年の終わりに軍事政権が崩壊し、その後の民主化の過程の中で赤字国営企業の放置、賃上げ、福利厚生、年金などでの優遇政策がとられ、補助金への依存と赤字財政が恒常化する原因となった。1981年にギリシャは欧州連合の前身である欧州共同体に加盟し、2001年には欧州単一通貨「ユーロ」が導入されたが、赤字財政の実態は公にされないままだった。一方、ギリシャがユーロに加入したことで、ギリシャへの資本流入が加速され経済は表面的には安定していたため、改善すべき構造的な問題が放置されてきた。やがてギリシャ財政の危機的状況が2009年末に政党間の対立の中で表面化した。20101月に欧州委員会がギリシャの財政赤字の実態を公言し、ユーロの信用が低下したことを契機に、債務危機が起こり、南欧諸国を中心に広がった。一連の危機の連鎖が「ユーロ危機」と呼ばれる。

20151月のギリシャの総選挙で緊縮財政に反対する急進左派連合が第一党になり、左翼政権が成立した。これはギリシャを支援してきたEUECBIMFとの約束を守るために緊縮財政路線を取った前政権が、増税、社会保障費の削減、年金の削減、公務員のリストラを断行したことで景気が悪化し、失業率が25%に上昇したことなどから国民の支持を失ったためだ。今年2月のギリシャの新政権とEUとの交渉は、現在の金融支援を4ヶ月延長することで合意された。EUとしては、支援継続の条件としてギリシャの財政改革は譲れないとしながらも、ギリシャが債務不履行に陥った場合の影響が欧州経済全体に波及することを恐れるため慎重にならざるを得ない。新しい交渉期限である6月末までに、ギリシャがどのように具体的な財政再建策を打ち出すのかが注目されている。


2015年4月8日水曜日

ラッセ・ハルストレム監督 「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」

1985年の「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」はラッセ・ハルストレムというスエーデンの映画監督の自伝的な作品だ。少年時代を回想する映画としては、イタリア映画の傑作ジュゼッペ・トルナトーレ監督の「ニュー・シネマ・パラダイス」の雰囲気に似ている。少年の初恋の相手らしいボーイッシュな女の子とのやりとりや、スエーデン美人のお姉さんが彫刻家のためにヌードモデルになる場面で、屋根から覗こうとして落ちて来る場面、ガラス工場での手伝いの場面、目が良く見えないお爺さんのために色っぽい週刊誌を読んであげる場面など、何とも言えない可笑しさと、懐かしさと哀愁が入り混じる感じが最高だ。

映画の題名である「犬としての私の人生」がすごい。この映画の主人公である犬好きの少年は、自分が厄介な目にあったり、不幸な出来事が起きるたびに、自分は「帰ってこない人工衛星に乗せられた犬よりはましだ」と考える。これは実話に基つくものだ。1957年11月に打ち上げられたソ連の人工衛星にはライカ犬が乗っていた。ソ連はその後何度も宇宙船に犬を搭乗させ、その多くを生還させたそうだが、この名誉ある宇宙飛行犬第一号の場合は始めから行ったきり帰れない旅だった。ガガーリンが初めて有人の人工衛星で宇宙を飛んだのは1961年のことだから、宇宙開発の研究のための貴重な犠牲になったわけだ。


この少年の母親は結核で余命いくばくもない。映画の中では母親の病状が悪化したために、親せきの家に預けられる少年の落ち着かない気持ちと、元気だった母親とすごした昔の時間を懐かしむ気持ちが、新しい仲間たちと一緒に経験した様々な事件や出来事を回想する物語の中で、哀愁を込めて描かれている。「犬のように」母親の気をひかずにはいられない気持ち。親戚に預けられて新しい環境に適応しようとする緊張感。母親の死、可愛がっていた犬の死を通じて自分の境遇を人工衛星に乗せられた犬の境遇と比べてしまうほどの寂寥感。この映画監督が自分の少年時代を思い出して「犬のような生活」と形容しているのには様々な意味が込められているようだ。


この映画監督はこの作品で認められ、その後も多くの名作を作っている。トビー・マグワイア主演の「サイダーハウス・ルール」(1999年)にしても、ジュリエット・ビノシュ主演の「ショコラ」(2000年)にしても、俳優たちの魅力が引き出された傑作だ。2011年の「砂漠でサーモン・フィッシング」も不思議な味わいの映画だ。魔法のような効果でチョコレートが人間たちを元気にした映画「ショコラ」の感じによく似ている。

2015年4月7日火曜日

ケイト・ウィンスレットの魅力 米ドラマ「ミルドレッド・ピアス」

2011年のこのTVドラマシリーズでケイト・ウィンスレットはエミー賞を受賞した。それだけの熱演だ。1941年の原作本があり、1945年に映画化された作品のリメイクだ。1930年代の大恐慌時代のアメリカが舞台となっている。ケイト・ウィンスレット演じるしっかり者のミルドレッド・ピアスは夫と二人の娘がいる平凡で幸せな家族の奥さんだった。夫は羽振りが良くてしゃれた車を乗り回すビジネスマンだったが、大恐慌の後の不景気で会社が倒産してしまう。仕事を失ったのみならず浮気をしている夫をミルドレッドは追い出してしまうが、娘二人を抱えて途方に暮れる。リセプショニストなどの仕事を探すが、不景気の時代でなかなか仕事はみつからない。家事手伝いの仕事が見つかりそうになるが、プライドが邪魔をして自分から断ってしまう。

やがて背水の陣でウエィトレスを始めて、レストランを切り回すノウハウを学んだミルドレッドは得意のパイ作りの腕を活かしてレストランを始める。この商売は成功する。富豪で色男のボーイフレンドもでき、ミルドレッドにもようやく運が向いてきたかに見えるとドラマな新たな展開を迎える。最初は末娘の病死。この病死を母親が危篤の子供の側にいなかったせいだと思いこんだ反抗期の姉娘は母親を心の片隅で憎むようになる。そのことを薄々感じる母親は、娘の愛情を取り戻すためにすべてをつぎ込んでも、この娘を何者かに育て上げようとし、選んだのがピアニストの道だった。ミルドレッドのレストラン・チェーンは成功するが、姉娘のピアノの修行は挫折してしまう。この段階で母娘の関係は一度破局を迎える。やがて和解すると、今度は娘を歌手として成功させようと夢中になり、やがては会社の金をつぎ込んでしまう。この辺りからとんでもない裏切りのドラマが連続して息もつかせない展開となる。アメリカ版の「女の一生」だ。


1945年の映画ではジョーン・クロフォードがアカデミー主演女優賞を受賞した。この映画化にあたっては監督はベティー・デイビスの主演を望んだそうだが、脚本を読んだベティ・デイビスは拒否したという話がある。確かにど迫力の物語で優雅さには欠ける話の展開だ。ジョーン・クロフォードで映画化されると作品の迫力のためか人気を呼び、ジョーン・クロフォードにとっては女優としてのキャリアの後半を代表する作品になった。その後、ベティ・デイビスとジョーン・クロフォードはとても仲が悪かったと伝えられているので因縁深い作品なのかも知れない。


ミルドレッドという名前はサマセット・モーム「人間の絆」でも重要な役割を演じる女性の名前でもある。こちらも猛烈な女性だった。「人間の絆」のミルドレッドは、困って世話になるつもりだった主人公に振られた腹いせに、住まわせてもらった部屋をめちゃめちゃに叩き壊して出て行く気位の高さが印象的だが、それに加えて上昇志向が強いこと、自分の美貌に自信があること、意識的であれ無意識にであれ男たちに甘えるところと利用するところは、ミルドレッド・ピアスの物語と共通と言えそうだ。



2015年4月1日水曜日

ロブ・ライナー監督 「The Bucket List」

この2007年の映画はしばらく前にFBグループで話題になった。「The Bucket List」は「死ぬ前にやりたいことのリスト」くらいの意味だ。長い邦題「最高の人生の見つけ方」がついている。映画好きのFB仲間が邦題が気に入らないと文句を言っていたが同感だ。イタリア映画の傑作「The Best Offer」に「鑑定士と顔のない依頼人」という邦題がついたのと同じくらいの原題からの離れ方だ。この意味不明の邦題になったのは、英語の原題を和訳するのが難しかったからだろう。英語で「kick the bucket」は「死ぬ」ことを意味する言葉だが、その由来を調べると英文の辞書には2説出ている。一つは首を吊って死ぬ時にバケツを台に使うからで、もう一つは、バケツというのが昔農場で豚を屠殺する時に吊るす梁を示す言葉で、死ぬ前に豚が暴れて梁を蹴るところからきたというものだ。バケツを台にするのは自殺の時だから、梁を示すという説の方がもっともな感じがする。

この映画の話は単純で、まるでハリウッド版のイソップ物語だ。モーガン・フリーマン演じる主人公は読書が趣味で、博識のクイズ名人で、黒人で、自動車修理工で、若い頃に恋女房に子供が出来て大学をあきらめ、歴史の勉強をする夢も諦めて生きてきた男だ。妻に愛され、子供たちに恵まれ、孫たちにも恵まれているが、どこかで自分の人生を「これで良かったのだろうか」と考えている。今更考えても仕方がない。彼はすでに老人であり、ガンと宣告され余命数ヶ月だ。ジャック・ニコルソン演じるもう一人の主人公は裸一貫からたたき上げて大富豪になった白人で、何度も結婚したが、同じ回数だけ離婚もしている。一人で自由にやりたいことをやり、すべてに成功して欲しいものは何でも金で買える身分だ。娘も孫もいるのに会えないことを寂しく思っているが、今更考えても仕方がない。彼もすでに老人で、ガンと宣告され余命数ヶ月だ。

生きてきた世界も境遇も大きく異なる二人が、同じようにガンと宣告され余命数ヶ月と宣告されたところから、このハリウッド版のイソップ物語は始まる。二人はガンの化学療法でお互いが苦しむ姿を見ている内に共感し合い、友だちになる。やがて「バケツ・リスト」を作り、なんでもやりたいことをやってから死のうと決めて、大富豪のプライベート・ジェットで世界の果てまで旅に出る。スカイ・ダイビング、夢のレーシングカー、ピラミッドへの旅、万里の長城でバイクで走る、ヒマラヤへの旅と手当り次第に、これまでに夢見ていたことを叶えていくが、最後にそのリストを達成することになるためには、一番欲しいが、一番怖れていたものに直面する必要があった。物語は単純明快で「ハリウッド的」かも知れない。それでもこういう映画を観て良い気持ちになるのは悪くない。

2015年3月30日月曜日

チャールズ・ダンス監督 「ラベンダーの咲く庭で」

この映画は英国で2004年に製作されている。サウンドトラックが素晴らしいので、このところ車の中でCDをいつも聴いている。英国の南西部にあるコーンウォール地方の海岸が映画の舞台になっている。船から落ちて浜に打ち上げられた若者を二人の初老の女性が助けるところから話が始まる。怪我をしている若者の看病をしながら、とても幸せな時間が流れた後で、やがて別れの時が来る。この若者は天才的なヴァイオリニストで、これから大きな都会に出て羽ばたくことを予感させる物語だ。

その羽ばたきのきっかけを作るのが、この避暑地で夏を過ごしていた若く美しい女流画家である。彼女がその若者の才能を見出し、ヴァイオリンの名匠である兄のところへ旅立たせることになる。この若者を失いたくない老ヒロインは、この画家に嫉妬し、若者に対する恋心に苦しむ。この映画が不思議なくらいに美しいのはその老嬢が燃え上がる恋心に戸惑う様子が、まるで庭に咲くラヴェンダーの花の妖精が乗り移ったかのように瑞々しく感じられることだ。


この映画の印象はどこかギリシャ神話のオデュッセウスの物語に似ている。ラファエロ前派の画家 J.W.ウォーターハウスの「ユリシーズに杯を差し出すキルケ」という題の絵を思い出した。マリオ・バルガス・リョサ「悪い娘の悪戯」(八重樫克彦・八重樫由貴子訳)の表紙になった絵だ。キルケという妖精に魅入られた男たちは様々な動物に変身させられてしまうが、英雄ユリシーズはこの妖精の術にはまることなく仲間たちを救い出す。ユリシーズというのはローマ神話の英雄でギリシャ神話のオデュッセウスのラテン語名が英語化したものだ。中学校の英語の教科書にオデゥッセウスが妖精カリプソに別れを告げる場面を今でも覚えている。


この二枚目の英雄は航海の途中で、様々な困難に出会うが、行く先々の島で妖精たちに助けられる。引き止められが、やがて旅立ちの時が来て、妖精たちは別離の辛さに苦しむことになる。ウォーターハウスは古代の神話や伝説をテーマにした絵をたくさん描いている。ロンドンに赴任したばかりの頃に「エコーとナルシス」のレプリカを買った。あちこちの国を転々としたが、今でも部屋に飾ってある。