2015年3月2日月曜日

高倉健の魅力 修善寺と神楽坂と映画「あ・うん」のこと

去年の夏を藤沢で過ごしていたある日、思い立って東海道線で西伊豆に向かった。東海道線のプラットホームでいつも見ている反対方向の列車に乗ってみたくなったからだ。漠然と学生の頃に歩いたことのある土肥とか戸田の辺りを目指した。鉄道を乗り換えて修善寺駅まで旅は快調だった。修善寺に着いて、バスを待つ間に、電話で西伊豆の宿を予約しようとしたらどこもいっぱいだった。修善寺の温泉に泊まることにした。川沿いの宿は大きな露天の岩風呂の他に、個室のヒノキ風呂もあって良かった。夜になってお寺の境内を見学に行った。川沿いの散歩道が竹林に囲まれて素晴らしかった。朱塗りの橋がかかっていて、対岸の木造の宿が散歩道から見えた。

年末に名優高倉健が亡くなった。日本に帰省していたので、有楽町スバル座の健さん追悼上映に3週続けて通った。まずは大好きな「夜叉」。スバル座のスクリーンで観るのは感動だった。その次の週に「あ・うん」を観た。日本を出発する直前に観た「単騎、千里を走る」は中国映画(チャン・イーモウ監督)だが、日本が舞台となる部分は降旗康男監督が撮っている。3本とも降旗監督、健さん主演の映画を見たことになる。


名画「あ・うん」(1989年)の評判は聴いていた。向田邦子の原作は何度かドラマや映画になったが、これまで観る機会がなかった。健さんがとにかくかっこいい。ヒロインを演じた富司純子さんの魅力もきらきらしている。「昭和残侠伝」時代のこの二人が再会して、スクリーンに戻ってきたような気がした。男同士の友情と親友の妻への思慕をめぐる葛藤の中での、大人のほろ苦い人間関係を描いたこの映画は渋い。この歯がゆさとやるせなさは、「世間の義理」と「熱い人情」の間で耐え忍ぶ健さん主演の任侠映画と共通のものだ。親友二人と片方の妻の3人で伊豆の修禅寺に行く場面を観てびっくりした。映画の宣伝ポスターにもなっている橋も、新井旅館も去年の夏に夜の散歩道から眺めた場所だった。


この映画の中に神楽坂も出てくる。近くに半年ほど住んだことがあるので、懐かしい。本多横丁辺りの粋でレトロな雰囲気と、フレンチ・レストランや赤城神社のカフェなどモダンなものが混ざり合う感じがとても良い。粋な料亭というと、東京の会社員だった頃、一度連れて行かれたきりだが、神楽坂はその昔は花柳界が栄えた街だ。花柳界という言葉は陸遊という人の漢詩から派生した「柳暗花明」という言葉に由来するという説がある。山を越えて暗い柳の道をたどるような辛い時でも、諦めずに進めばやがて花咲く里にたどりつくという意味だ。向田邦子は戦前の東京を舞台にした名作をたくさん書いている。「あ・うん」でも戦争中の暗い時代を生き抜いた人々の祈りみたいな気持ちを表現したかったのかも知れない。



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