2015年12月30日水曜日

アルノー・デプレシャン監督 「あの頃エッフェル塔の下で」

年末の映画鑑賞で不思議な気持ちになった。先日同じ映画館でキログラム原器についてのノルウェイ映画を観た時に、予告篇を観て気になった映画だった。仏版の「ニューシネマパラダイス」かなと思ったからだ。30年ぶりに故郷に戻ってきた中年後期の主人公が、若い日の切ない恋を回想する話としてはトト少年の登場するイタリア映画にかなうものはないと思っている。その系列の仏映画の佳作ならば観てみたいと思った。

実際に観てみるとサプライズの連続だ。ブハラ、デュシャンべなど中央アジアの映像が出てくる。私事になるが通算9年近くを過ごした懐かしい地域だ。引き倒されるベルリンの壁の映像も出てきた。1987年の夏に訪れる機会があった。この壁の崩壊の後に設立された組織で23年働いた。

さて本題に入る。この映画は、初恋の回想物語としてはいささか謎めいている。美しい郷里の娘に恋をする。大人びた魅力的な娘だった。人類学を学びたい主人公の若者は大都会のパリに出て二人は離れ離れになる。去るものは日々に疎しでやがて別離がある。その30年前のある意味で平凡な恋物語にどういうサプライズがあると言うのだろうか?この点ではイタリア映画の傑作「ニューシネマパラダイス」とは異なっている。いくら回想したところで謎は残るという意味だろうか。字幕でどこまで理解できているのか歯がゆい気持ちになったが、仏語は理解できないので仕方がない。

2015年12月4日金曜日

ベント・ハーメル監督 「1001グラム ハカリしれない愛のこと」

2014年の東京国際映画祭に出品されたノルウェイ映画だそうです。キログラム原器をめぐる物語なので、英語で「1001 grams」という風変りなタイトルがついている。 淡々とした味わいと人生について静かに考えさせる雰囲気はワインとミッドライフ・クライシスを描いたアレクサンダー・ペイン監督の「Sideways」を思い出させる。ヒロインのマリエを演じたアーネ・ダール・トルプが素晴らしい。国立計量研究所に勤めるヒロインは、堅物の変わり者。前半の場面ではあんまり美人に見えないこのヒロインは気難しい表情をしている。彼女の結婚生活は破綻して夫とは離婚裁判の継続中。気の良い父は老いて死期が近い。文字通り杓子定規であることが求められる仕事の影響なのか堅苦しい日々が淡々と続く。

ヒロインがキログラム原器についての国際会議に出席するためにパリに出張することになったのが、きっかけですべてが変わりだす。この辺りは大人の童話仕立て。まずは愛する父が死んでしまう。離婚調停中の夫は自分の留守に何もかも持ち去ってしまう。動揺したヒロインは運転を誤り、自慢のエコカーごと横転する。大怪我にはならなかったが、大切なキログラム原器の容器に傷がつく。この辺りはこれでもか、これでもかと彼女のこれまでの人生に疑問を投げかけるような試練が続く。切羽詰まったヒロインを助けるのがパリの出張中に出会ったなんだかほんわかした包容力のある男である。話が都合良すぎるなどと思うのは筋違いだ。これは大人の童話なのだろう。

この映画の最大の魅力は、ストーリーの展開に沿って、初めは無表情で、気難しそうだったヒロインの、様子や表情が魔法のように変化していくことだ。この映画を観終わった頃にはすっかりこのヒロインが大好きになっていた。最後のラブ・シーンがとてもきれいで幻想的ですらある。あまりにロマンチックな映像なので、最後の秀逸な台詞に「えーそれもありか」とびっくりした。プログラムで映画評論家の佐藤忠男が「素敵な映像のぬくもり」と温かくコメントしている。