2014年11月26日水曜日

アレクサンダー・ペイン監督「ネブラスカ」 残された時間について考える時の映画

アレクサンダー・ペイン監督の「ネブラスカ」を観た。しみじみした感じが同じ監督のワインのうんちく映画「サイドウェイ」(Sideways、2004年)を思い出させる。いろいろと人間関係の複雑さにこだわるところはジョージ・クルーニーが主演した「ファミリー・ツリー」(Descendants、2011年)と共通している。3本の連作として観ると面白いかも知れない。「未婚の中年期」、「家族の破綻と再生を経験する時期」、「老いてきた親を介護する時期」でいずれも中年の物語だ。

「サイドウェイ」 という映画は中年男同士の友情とカリフォルニアの風景を描いてとても面白い。そしてほろ苦い。ワイン好きの人は必見の映画だ。この映画を教えてくれたのはビシュケクで一緒にゴルフをしたり、ワインを飲んだMさんだ。ワインのソムリエ資格をいくつもの国で取得していたり、本の話が好きだったり、ダンスが上手だったり、囲碁が強かったりととても面白い人だった。ヘミングウェイの「移動祝祭日」の話題で盛り上がってから仲良しになった。凝り性の人で楽しかった。Mさんがこの映画を好きだったのは映画の中に自分の影みたいなものを見たからだろう。


同じ監督の映画「ファミリー・ツリー 」 がジョージ・クルーニー主演でロンドンで公開された時の宣伝はすごかった。地下鉄のホームのあちこちに大きなポスターが張ってあった。この映画は妻の不倫と事故死と残された家族の再生というテーマが重すぎて、「サイドウェイ」のファンとしては違和感を感じた。どちらもしみじみとした映画であることは共通している。


「ネブラスカ」に登場する親父さんは気の良い人だが、戦争を経験して以来、アルコールに逃げた時期があったという設定だ。奥さんにはもうろく爺さんとしてがみがみ言われっ放しだ。この人がある日手紙を受け取る。「百万ドルが当たりました」と書いてある。この手紙は完全な詐欺という訳でもない。よくよく読めばいろいろ条件がついていて雑誌の宣伝にすぎないことはわかるようになっている。でもこの頑固爺さんはモンタナ州からネブラスカ州まで旅をしてこのお金を受け取りに行くことを決意する。


老いの目立つ父を放っておけない息子がこの旅に同行するのが映画のストーリーだ。この息子も「いい人」なのだが、決断力に欠けるタイプらしい。最近同棲相手に出て行かれたばかりだ。父と子は目的地に向かう途中で、昔住んでいた街に寄り途する。そこには今も親戚や昔の仲間たちが住んでいる。いろいろな騒ぎが展開する。心配した母親も兄も合流することになる。口うるさいばかりだと思っていた母親を再発見し、TVの仕事をしていて調子が良くてドライに思えた兄を再発見し、さらには自分の父親を再発見する話だ。


今週のフェース・ブックで読んだ「中年を過ぎた人たちを対象にしたアンケート」の結果と共通するところの多い映画だ。アンケートに答えた人の23%の人が「死ぬまでに行ってみたい場所をまだ訪れていない」と考え、19%の人が老後の貯えを不安に思い、18%の人が「自分は正しいパートナーを選んだのだろうか」と考え、10%の人が「死ぬ前に(on their bucket list) もう一度恋がしてみたい」と考えている。後悔していることとして「親にきちんと感謝の気持ちを示さなかった」「祖父母の経験をきちんと聞いておけばよかった」「仕事ばかりだった」、「子供と共に十分な時間を過ごさなかった」が上位を占める。


ミッドライフ・クライシスという言葉は昔からあった。残り少なくなってきた自分の人生やパートナーとの関係について考えるのは映画や小説の普遍的なテーマだ。映画「シャーリー・ヴァレンタイン」や、チェーホフ「犬を連れた奥さん」など優れた作品がある。かつては少数の人が小さな声で論じていたテーマが、最近はもっと多くの人に共有されている。高齢化社会を反映して、こういう思いを持つのがまだ若くてやり直しを考える前期の中年世代だけでなく、後期中年から高齢の人にまで及んでいるのが新しい傾向なのだろう。


「ネブラスカ」のしみじみ感は高倉健さんの遺作「あなたへ」(降旗康男監督)に似ている。どちらもロードムービーだ。「あなたへ」に歳を取って頑固さが増した笠智衆さんを登場させると「ネブラスカ」の感じになる。

2014年11月22日土曜日

「偶然の旅行者」 沢木耕太郎の映画評「薄暮の虚無」が鋭い

沢木耕太郎の「鑑定士と顔のない依頼人」の映画評を読んで以来、この人の書いたものを時々チェックしている。「世界は「使われなかった人生」であふれてる」は2001年に出版された本だ。幻冬舎文庫に入っている。この本で一番刺激的なのは本の表題にもなっている冒頭のエッセイだ。沢木理論によれば子供の頃はその映画に夢中になれるかどうかは、自分の夢を託すことのできるヒーローやヒロインが登場してくるかどうかにかかっている。これが大人になると「ありえたかも知れない人生」に思いをめぐらしているような主人公が気になってくる。「歳を取るにしたがって、未来への夢より過去の記憶のほうが大きな意味を持ってくるようになるからだ」。鋭い指摘だ。

この映画評をまとめた本では32編のエッセイでそれ以上の数の映画が取り上げられている。この本をしばらく前に買って、最初から読まずに、手当り次第に開いて読んでいたのでもう少しで挫折するところだった。目次に映画の題名がついていない。それぞれの映画評に寸評風の題名がついている。全部読まないと自分の好きな映画まで辿りつくのが難しい。ほとんどあきらめかけていた頃に冒頭から3番目の「薄暮の虚無」を読んだ。アメリカの小説家アン・タイラーの原作をローレンス・カスダン監督が映画化した「偶然の旅行者(Accidental Tourist)」についてのエッセイだ。


この1988年の映画はウイリアム・ハート主演で、ジーナ・デイビスがヒロインを演じた名作だ。1986年の「愛は静けさの中に(Children of a Lesser God)」、1987年の「ブロードキャスト・ニュース」とたて続けに話題作に出演していたウイリアム・ハートの当時の人気は凄かった。ジーナ・デイビスも新鮮だった。この女優は1991年の「テルマとルイーズ」でスーザン・サランドンとダブル・ヒロインを演じている。自由奔放で魅力的な彼女がまだ駆け出し時代のブラッド・ピット演じる若者に有り金を巻き上げられるところから、話が危険な方向へと転がり落ちて行く映画だった。


「偶然の旅行者」では主役とヒロインの二人の印象がとても強いので忘れてしまっていたが、ウイリアム・ハートの奥さんの役を演じていたのは名女優キャサリン・ターナーだ。この人がマイケル・ダグラスとの共演で妻の強さと怖ろしさを演じた1989年の「ローズ家の戦争」を観た時にはびっくりした記憶が新しい。


沢木耕太郎は「偶然の旅行者」で子どもを失った夫婦の関係が破綻していく理由として、それぞれの傷つき方の違いを説明している。妻にとっては「それは深くえぐられた、とめどなく血の流れる傷」だ。ウイリアム・ハート演じた夫にとっては「それは未来に続く自己の一部を失ってしまったということ」だ。「欠落」は血を流させもせず、苦痛に顔を歪ませもしない。。。だが、欠落は、いつまでたっても埋まりはしない」。これだけ読むと沢木耕太郎が男の傷つき方に肩入れしているようにも読めるが、そうではないのだろう。私生活でも似たような状況に苦しみ、そういう欠落感を抱えていたウイリアム・ハートが映画の上でも同じような役を演じることになったことを沢木耕太郎は論じている。


2014年11月18日火曜日

高倉健の魅力 降旗康男監督「居酒屋兆治」「夜叉」「あなたへ」

高倉健の主演作品では1985年の「夜叉」が一番好きだ。2012年の映画「あなたへ」は、「夜叉」の降旗康男監督と主演の健さんとヒロインの田中裕子と脇を固める北野武の4人が再結集した同窓会みたいな映画だ。27年の歳月を経て同じ顔合わせが復活するというのは凄い。それだけの思い入れが「夜叉」という作品にあったのだと思う。「夜叉」ではヤクザの世界から足を洗うきっかけとなった恋女房がいる。この役を石田あゆみが好演している。そこに捨ててきたはずの世界の妖しさと美しさを体現したかのような薄幸の美人が現れる。とても難しい役を田中裕子が見事に演じている。田中裕子にとって最高傑作となった作品だ。

東映任侠映画の黄金期に健さんは圧倒的に輝いていた。それから約半世紀が過ぎてもこの人は俳優として輝き続けた。「昭和残侠伝」シリーズの花田秀次郎を演じた健さんと若い日の藤純子の名コンビも素晴らしい。降旗監督と健さんの関係は東映の任侠映画時代からで長い。その後も名作が続く。1981年の「駅ステーション」、1983年の「居酒屋兆冶」、1999年の「鉄道員 ぽっぽや」はどれも健さんの魅力が光る名画だ。「居酒屋兆治」の撮影と重なる時期に黒沢明監督から「乱」(1985年)への出演依頼があったそうだが、世界のクロサワに4度足を運ばれても首を縦に振らなかったことを健さん自身のインタビューで明らかにしている。降旗監督に義理立てしてのことだそうだ。その後だいぶ経ってから「出れば良かったかな」と後悔もしたそうだ。

「居酒屋兆治」も名作なので、ファンとしては「乱」への出演依頼を断った話を聞いて複雑な気持ちになる。この映画の構図は「夜叉」に少し似ている。「居酒屋兆治」の主人公には野球人生で挫折してからの再出発を支えてくれた愛妻がいる。この役を加藤登紀子が好演している。そこに若い頃にお互いに実らなかった恋の相手だった女性が現れる。半ば狂気じみた薄幸の美人を大原麗子が演じている。狂気をはらんだ一瞬を切り取った映像と言う意味では主人公のことが気になって仕方がないのに酔っぱらって主人公にからんでしまう伊丹十三の演技、薄化粧で血を流しながら歌い続けるカラオケ男の演技、主人公への気持ちを抑えきれずに狂っていく大原麗子の演技。そのすべての場面を言葉少なく、身体で表現する高倉健の演技。「居酒屋兆治」は傑作だ。


降旗監督という人は他にも三田佳子の主演で撮った1987年の「別れぬ理由」、常盤貴子主演の2004年の「赤い月」を撮っている。おそらく最盛期の女優の輝きを映し出すことにかけては屈指の名監督なのだと思う。