2014年10月21日火曜日

ポール・マザースキー監督「ハドソン河のモスコー」

週刊文春のコラム「本音を申せば」の小林信彦の映画評が好きだ。109日号でこの人が今年8月に急逝したロビン・ウィリアムズについて書いている。代表作として「ガープの世界」、「グッドモーニング・ベトナム」、「いまを生きる」、「レナードの朝」などを挙げているのは順当なところだが、この人は「ハドソン河のモスコー」(1984)を好きな作品としてコメントしている。

この映画を観たのは1986年の7月だ。ニューヘイブンで英語の勉強をしている時にアメリカ人の先生が見せてくれた映画だ。たまたま亡命することになったロシア人が片言の英語でニューヨークで生きていくところを生徒に見せて激励してくれたのだろう。モスクワのサーカスでサックスを吹いている主人公が米国公演のメンバーとしてニューヨークを訪れることになることから物語が始まる。

映画の前半の見どころは冷戦下の旧ソ連の生活の雰囲気が描かれているところだ。亡命を夢見ていたサーカスの同僚にKGBの注意が集中していたことから、思いがけなく主人公に亡命のチャンスが訪れる。ニューヨークのデパートの中でのドタバタ騒ぎの後で亡命に成功してしまう。映画の後半の見どころはこの亡命ロシア人がサックス奏者としての仕事も、家族の絆も、母国語すらも犠牲にして新天地ニューヨークで生きて行くことの寂寥感だ。この映画を観てロビン・ウィリアムズが好きになった。その後も名作に多く出演したが、それでもこの映画が一番だ。

この映画を撮ったポール・マザースキ監督はお祖父さんがウクライナ人でアメリカに移住した人だそうだ。この映画では自由の天地アメリカへの憧れと自分が生まれ育った国に置いてきたものを想う気持ちの両方が描かれている。ロビン・ウィリアムズがその微妙な感じをとてもうまく出している。この監督の1988年のリチャード・ドレイファス主演の「パラドールにかかる月」、1989年の「エネミーズ ラブストーリー」も懐かしい。

2014年10月20日月曜日

「L.A. ストーリー」と「マイ・ブルー・ヘブン」 スティーブ・マーティンの魅力

グーグルで好きな本や映画を検索できるありがたい時代になった。それでも日本から送ってもらう雑誌を手に取ってページをめくる楽しみは捨てがたい。面白い書評とか映画評とかを見つけた時の喜びは格別だ。週刊文春のコラム「本音を申せば」の小林信彦の映画評には共感することが多い。

「ピンク・パンサー」のクルーゾー警部を演じたスティーブ・マーティンは「花嫁のパパ」、「バックマン家の人々」 など多くの作品に出ているが、この人が出演したミック・ジャクソン監督の「L.A. ストーリー 恋が降る街」(1991年)についての映画評は小林信彦以外には読んだことがない。この映画は大人の童話だ。それぞれいい感じに歳を重ねた二人のすれ違いを、不思議なハイウェイの交通信号が後押しする。人と人との関係についての比喩なのだろう。ちかちかと控えめな信号は出ている。それに気が付いて行動できるかは別の話だ。この映画の監督は1992年にケヴィン・コスナーとホィットニー・ヒューストンの「ボディガード」を撮った人でもある。ローラースケートを履いたカッコいいLA娘の役でサラ・ジェシカ・パーカーが出ている。


この演技派のコメディアン俳優の作品は日本未公開のものも多いと小林氏は指摘している。「マイ・ブルー・ヘブン」(1990年)というハーバート・ロス監督が撮った傑作が日本では紹介されていないことをずーと不思議に思っていたので納得した。この映画はスティーブ・マーティン演じるヤクザのお兄さんと 「ミクロ・キッズ」 のリック・モラニス演じるFBI捜査官の掛け合いが面白い。証人保護プログラムで別の人間として生きている主人公とその監視役の捜査官の話なのだが、二人は妙に息が合う。この二人を空港で出迎えた親族がFBI捜査官を泣き落とす場面と、二人がナイトクラブでメレンゲを踊る場面が最高だ。


リック・モラニスがいい味を出している。お堅いFBI捜査官なのだが気がつくと妻には浮気され、逃げられてしまう。仕事でスティーブ・マーティン演じるマフィアのチンピラの主人公を監視している内に、微妙に影響され、それまで仕事一筋だった堅物男がどんどん面白い男になっていく。やがて新しい恋が芽生える。音楽も素晴らしくて元気の出る映画だ。ハーバート・ロス監督は70年代に「愛と喝采の日々」、「グッバイ・ガール」 などを撮った人だ。これも懐かしい。

2014年10月15日水曜日

ミハイル・カザコフ監督「パクロフスキー門」 モスクワの秋の映画

1982年のこの映画はとてもほのぼのした味がある。スコピエで仕事をしていた時に本部から出張してきたロシア人のナターシャと映画の話になった。その時勧められた映画の一つだ。全編を通じて流れるロシアのシンガーソングライター、ブラト・オクジャワの挿入歌が良い。モスクワの中心にあるアルバート通りの歌だ。

主人公のコスチクが地方からモスクワに出てきて青春時代を過ごした共同アパートで出会った人たちを回想する物語である。ロシアを代表する名優オレク・メンシコフが主人公を演じている。メンシコフの主演作は「シベリアの理髪師」「太陽に灼かれて」「東と西」「ドクトル・ジバゴ」など数多い。この映画の中ではまだ少しにやけたお兄ちゃんで後年の威風堂々たる姿を感じさせるものはないが、感じの良い青年の役を好演している。


共同アパートの住人でユニークなのが出版社に勤めるレフという男だ。とても気が良くて、外国の詩が好きな愛すべき男なのだが一つだけ欠点がある。マイペースで自分の世界に住んでいるので周りの空気が読めないことだ。愛想をつかした奥さんは今は他の男と暮らしている。


このマイペース男の元奥さんであるマルガリータおばさんがすごい。太っ腹で頼りがいがあってロシアの肝っ玉母さんだ。自分の世界に住んでいる元夫に愛想をつかして、ドイツ系のもっとさっぱりしたオジサンと今は暮らしている。面白いのはこの別れた夫婦が同じ共同アパートに住んでいるのみならず、この元奥さんは何かと元夫のレフの生活に干渉してくることだ。陽気なドタバタコメディが展開する。


もう一人面白いアパートの住人がいる。ステージで歌とおしゃべりを披露するコメディアンのオジサンだ。機関銃トークが面白い。即興というわけではなく、原稿を書く人は別にいる。このライターとパフォーマーの関係についての描写も面白い。モテ男のコスチクが一目ぼれをして本気の恋をする話やら、元気オジサンのコメディアンが可愛い水泳選手に夢中になる話やら、マイペースのレフが自分と同じくらいトンデル恋人を見つける話やら盛りだくさんだ。


この元夫の新しい恋に気を揉むマルガリータおばさんがすごい。「ダメなあなたのことを愛していた私でさえ無理だったのだから、他の女となんか幸せになれるはずがない。結局不幸になるわ。そんなこと耐えられないから、わたしがあなたを守らなくてはならない」という信念のもとに、元夫の行動に干渉する。困ったものだが、この映画がとても面白いのはこの猛烈マルガリータおばさんのおかげだ。

2014年10月5日日曜日

Regis Wargnier 監督 「東と西」

1999年のこの映画は名優オレック・メンシコフ、1997年の「ブラザー」で売り出したセルゲイ・ボドロフJrと豪華な男優の二枚看板に加えてフランスからカトリーヌ・ドヌーブが出演した大作だ。映画は1946年のソ連に向かう船の中のパーティーの場面から始まる。主人公のロシア人医師を演ずるメンシコフはフランス人の妻と子を連れて第二次大戦後の祖国の再建に参加するためにロシアに帰還する。妻は夫に寄り添い一家の幸福を信じて異国への移住について来た。

帰還船がソ連の港に到着するとノスタルジックで甘美な夢は打ち砕かれる。船がソ連に到着した途端に、手のひらを返したような当局の仕打ちで技術者や医師や知識人たちは自分たちが間違った選択をしたことに気がつく。しかしもう打つ手はない。フランス人の妻は話が違うとヒステリー状態を経て絶望していく。主人公の医師は家族の身の安全を図るためには、当局のやり方に従う他はないことを思い知らされる。意気地なしと腹を立てた妻の心は夫から離れ、その国に同じように絶望し脱出を夢見る若い青年に気持ちが移って行く。この青年を演ずるボドロフJrがとてもいい味を出している。この将来を期待された若い俳優は残念ながら2002年に撮影中の雪崩に巻込まれて亡くなった。


セルゲイ・ボドロフJrとメンシコフは1996年の「コーカサスの虜」でも共演している。監督はお父さんのセルゲイ・ボドロフ。この早逝した俳優が生きていればメンシコフとの共演でいくつもの名作を作ったはずだ。このコンビの感じの良さはちょうどニキータ・ミハルコフとオレック・メンシコフがさまざまな話題作で繰り返し共演している雰囲気に似ている。セルゲイ・ボドロフJrのご冥福をお祈りする。


オレク・ヤンコフスキー、ミハイル・アグラノヴィッチ監督 「ここに来て わたしを見て」

タシケントに住んでいた頃に「目がさめたらロシア語がすらすらわかるようになってたらいいな」といつも考えていた。仕事は英語でこなしていたが、お客さんに会ったり、会議に出たりした時に自分一人だけが通訳を介する状態は楽しくない。なかなか都合良く奇跡は起きない。その内「ロシアの歌をCDで聴いて、ロシアの映画をDVDで観ていれば、いつか奇跡は起こる」と信じることにした。

ロシアの歌は好きなものを厳選して、先生とのレッスンで逐語訳を用意した。ロシア映画についてもタイプしてくれる人を探して映画のスクリプトを作った。タイピングの出来を先生がチェックしてくれた。かなり時間のかかる作業だったが、好きな歌とかメロドラマの場合には話の筋を理解したいという気持ちが強くてけっこう続いた。12本くらいの映画のスクリプトができた頃に、映画によっては英語ないし日本語の字幕がついているDVDが出回っていることに気がついた。それからはDVDショップがあると字幕付きのを探した。


この2001年の作品はたまたま見つけた。ある日「運命の皮肉」の英語字幕版を見つけた時に、そのDVDの裏側に入っていた作品だ。旧ソ連圏では今でも大晦日に鑑賞される「運命の皮肉」とペアになっていたこの映画は、やはり大晦日に起きる物語だった。とても心温まる作品だ。それからしばらくしてこの作品に主演しているオレック・ヤンコフスキーとイリーナ・クプチェンコのどちらもがとても有名な俳優であることを知った。


ヤンコフスキーは2006年のロシア版「ドクトル・ジバゴ」でも重要な敵役のコマロフスキーを魅力的に演じている。ヒロインのラーラがまだ若い頃に何故この男に魅かれ、銃撃まで試みるかを理解するうえでこれはとても重要な点だ。ロシア版「ドクトル・ジバゴ」にはハリウッド版よりも優れた点がいくつもあるが、この敵役を天下の名優に演じさせたところが物語の説得力を増した最大の理由だ。