2015年7月31日金曜日

スティーブン・ダルドリー監督 「ビリー・エリオット(リトル・ダンサー)」

テレビでこの映画を観たつれあいの強い推薦があったのでDVDを買ってきた。この2000年の英国映画の舞台となっているのはイングランドの北東部で、スコットランドに近いダラム周辺の小さな架空の炭坑町だ。英国の炭鉱を舞台にした映画というと、ジョン・フォード監督の名作「わが谷は緑なりき」(1941年)を思い出す。こちらはウェールズが舞台だ。「ビリー・エリオット」の冒頭もしみじみした感じで始まるので、こちらもかなり昔の設定なのかと思ったら、時代設定が1980年代でびっくりした。1984年の英国炭鉱ストライキがこの映画の背景になっている。この頃に日本で会社員だったわたしにとっては「まだ記憶に新しい同時代」だが、この映画の中ではすっかり「歴史の中の一時期」だ。

この映画の主人公ビリーをめぐる環境は厳しい。小さな政府を実現することで英国病からの脱却を図ったサッチャー首相(在任1979年-1990年)の時代だ。英国石炭庁が不採算炭鉱の閉鎖と大規模な人員合理化の方針を発表したことをきっかけに英国全土に広がったスト派と反スト派と治安当局の三つ巴の衝突の様子が映画の中にも繰り返し登場する。ビリーの母が病気で亡くなったことも、残された家族にはまだ生々しい記憶だ。祖母は年老いてきた。父は妻を失って以来元気がない。兄は行き場のない気持ちをぶつけるようにして組合運動にのめり込んでいる。一家の大黒柱である父と兄がそろって炭鉱ストに参加しているので、収入も途絶えた一家は厳しい状態にある。クリスマスの晩に母の思い出のピアノをハンマーで叩き壊し、暖炉にくべて暖を取る場面が象徴的だ。

炭鉱町で男らしく生きていけるようにという願いを込めて、父は息子ビリーにボクシングを習わせる。ところがビリー少年はボクシングよりも、同じ公会堂のバレエの練習が気になって仕方がない。やがてそれを父に知られてしまう。父はそんな「女々しいこと」に興味を持つ息子を許さない。ところがどうしてもあきらめない息子の姿を見ている内に「もしかしたらこの子には才能があるのかも知れない」と気がつく。田舎の炭鉱町の夢みたいな話だが、この一家にようやく見えた希望の光だ。頑固一徹だった父はビリーの資金作りのためにスト破りを決意する。組合のリーダーであるビリーの兄に見つかり、親子での格闘になる。頑固なわからず屋親父が「ビリーの望みを叶えるためなら、どんな非難を受けてもかまわない。スト破りでもなんでもする」と叫ぶ場面で、涙をこらえるのは至難の技だ。

主人公である11歳のビリー少年を演じた子役のジェイミー・ベルの演技が圧倒的だ。バレエの先生とのやりとり、幼なじみのゲイ少年マイケルとのやりとり、父とのやり取りの場面のそれぞれでまだ14歳くらいの少年だったこの子役の横顔がとても大人びて見えるのが印象的だ。やがて父に連れられたビリーがロンドンの英国王立バレエ学校のオーディションに臨む場面がこの映画のクライマックスだ。ビリーはバレエダンサーとして成功し、父と兄をロンドンの舞台に呼ぶ。この短い場面で大人になったビリーを演じているのが、現実世界で2005年公開のマシュー・ボーン演出「白鳥の湖」で主役を演じたアダム・クーパーというバレエ・ダンサーだ。この人も英国王立バレエ団の出身だそうだ。

この物語は映画としてヒットした後で、エルトン・ジョンの作曲でミュージカルとなった。日本でも2014年に公開されている。映画の中に幼なじみのゲイ少年が登場するだけでなく、映画の結びの部分に登場するマシュー・ボーン版「白鳥の湖」も同性愛をテーマにしている。ミュージカルを作曲したエルトン・ジョンも有名な人なので、この物語を少数者の趣味と選択の自由についてのメッセージ映画として観ることも可能だ。


2 件のコメント:

  1. 私も映画を見て、主人公のビリーのサクセスストーリでありながらも、英国の首都ロンドンの豊かさとは異なる、英国北部の街並みやこの地の人々のサッチャー元首相への感情の強さなども改めて知り、驚いたことを覚えています。その後、ミュージカルも見ましたが、ミュージカル版は、その限られた時間の中に映画よりも当時の政治情勢が強調されていて、映画とは違う面白みもあると思います。クラシックバレエ好きには嬉しいダンスシーンも沢山含まれていて、ミュージカルとしての完成度も高いですね。

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    1. 素敵なコメントをありがとうございます。ミュージカルも観てみたくなりました。

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