2014年10月20日月曜日

五藤利弘監督「スターティング・オーヴァー」 五藤ワールドの新展開

長岡出身の五藤利弘監督の映画「スターティング・オーヴァー」(2014年)を観た。2009年の「モノクロームの少女」、2013年の「ゆめのかよいじ」を観た時以来、次の作品が楽しみだった。わたしの郷里でもある長岡市栃尾を舞台にした、抒情的でひたむきな物語に好感が持てた。登場してくる人物たちの必死の想いに加えて、監督自身の様々な想いが込められた魂の映画だ。ロケ地である長岡市の栃尾、刈谷田川、和島などに縁を持つ観客にとっては、こうした映画が劇場公開され、日本中のツタヤにいけばDVDとして販売されていることが「奇跡」のように思われる。

「スターティング・オーヴァー」はひたむきさの目立つそれまでの長編2作とは少し違っている。一番の違いは青春時代の監督を連想させる私小説風の雰囲気と、その照れ隠しなのかさりげない遊び心が見え隠れすることだ。主人公である不器用な映画青年は引っ越し準備で忙しい。たくさんのシナリオ雑誌を引っ越し用の段ボールに詰めている場面は監督自身を登場させるヒッチコックやリャザノフの作品を連想させる。映画の中に五藤監督の前2作のパンフが登場したり、長岡と栃尾関係の小道具が多用されている。この主人公が過去につき合った女友達の写真を隠す缶は長岡名物の元祖浪花屋の柿の種だ。古いものを整理して思い出すのが好きで、捨てられない人らしい。


十年来の付き合いの彼女と今日で別れるための引っ越し準備の最中に栃尾の銘酒「越の景虎」をたっぷり使って夕食を作る。優しい人なのだ。別れの晩餐には冷蔵庫に残っていたものをあるだけ使って美味しそうなものを並べる。いろいろな料理が主人公の好きな映画にちなんで説明される場面で登場するのが、栃尾の名店「豆撰」の油揚げ。この時のセリフ「これは映画「モノクロームの少女」の中で大杉漣が食べた油揚げだぜ」というところで思わず「そうそう」と声をかけたくなる。


不器用な主人公とヒロインの会話のぎこちない感じもいい。ヒロインは呼びかける。「あの地震の時に守ってくれたじゃない。あれから十年よ。あたしが地元の短大を出て再会してから、ずっと一緒にやってきたじゃない」という訴えを聞いて観客はこの映画の意味を知る。これは「モノクロームの少女」のヒロインだったくるみちゃんと彼の後日譚なのだ。


引っ越し準備の途中で腹を立てたヒロインに追い出された主人公が困り果てて迷いこむ深夜のおかまバーの場面が最高だ。この映画のストーリーに重要な役割を果たしている。「十年の後」というほろ苦い青春を回顧した柴田翔の小説を思い出した。新潮文庫の「贈る言葉」に表題作と一緒に入っている。五藤監督がシナリオライターとして奮闘し、羽ばたくことを夢見た時期を描いたこの映画は、いろいろユーモア交じりの仕掛けがしてあるが、実はかなりほろ苦い作品だ。


 

2 件のコメント:

  1. エピソードがあります。この映画のDVDを30代のスタッフの一人に、五藤監督作品です。と渡しました。数日後、「私五藤監督嫌いです」とぷんぷん顔でした。妹はこの作品はいいねと言っていました。私は?映画のことではなく、このへなちょこ男は嫌いです。たぶん同じことを繰り返します。きっと。それでも豆撰の油揚げ映画に登場はびっくりでした。栃尾が大好きな監督の気持ちがひしひしと感じられました。

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    1. 世の中の男たちがみんなして真っ直ぐで、迷いがなくて、心が強くて、好感度の高い人ばっかりだったらそれはそれでつまらないと思います。斜めでも、迷いばかりでも、心が弱くても、人気がなくてもそれでも生きている。だから映画や小説が生まれるような気もします。

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