ロシア映画「運命の皮肉」はリャザノフ監督の1975年の作品だ。この映画はロシアの冬の楽しみとしてのサウナの場面が重要な意味を持つ。大晦日の午後に男友だち4人がサウナに集まりビールを飲んで旧交を温める。主人公の婚約の話を聞いた友だちがヴォトカの瓶を取り出し、皆で正体のなくなるまで酔っぱらってしまうことから話が展開する。それで映画の原題は「運命の皮肉 良い湯気を!」というのだが、そのまま訳してもしっくりしないので省略した。
大晦日に様々な国でTV放映されることで有名なこの映画には、いくつもの詩が挿入歌として登場する。中年にさしかかり、それぞれ結婚を控えた男と女が、運命の悪戯のように唐突にめぐり合う。ドタバタ騒ぎの後でお互いに好意を感じてしまう。女は言う。「二人とも少し頭がおかしくなっただけよ。この大晦日が終われば、何もかも元に戻るわ」。ギターを手にした女が歌う場面が渋い。この場面はロシアの人気歌手アラ・ブガチョヴァの吹き替えだ。マリーナ・ツヴェタエヴァの詩に曲をつけたものだ。
くもった鏡を覗いて
靄のかかった夢の中から探りあてたい
あなたの道はどこへ続くのか
あなたはどこへ錨を下ろすのか
船のマストが見える
デッキの上にはあなたがいる
連なる大地と煙を上げて走る列車
黄昏時の憂いに沈んだあなたがいる
夜露に濡れた黄昏の大地が見える
その上には渡がらすたち
あなたに幸あれと祈る
あなたがこの世界のどこにいようとも
(刈谷田川の夢 訳)
こういう詩に触れてみて面白いのは日本人の感性に似ているところがあることだ。荒井由美は70年代に彗星のようにデビューしてすぐのアルバムの中で「魔法の鏡を持ってたら、あなたの暮らし映してみたい、もしもブルーにしていたなら、偶然そうに電話をするわ」と歌った。大川栄策が歌った「さざんかの宿」はもっとそのままだ。「くもり硝子を手でふいて、あなた明日が見えますか」。
どんなパートナーといつめぐり合うのか?自分の行く道の果てには何があるのか?自分が今選ぼうとしているその人は本当に自分の運命の人なのか?映画「運命の皮肉」の中にはまだまだたくさんの名曲と詩が挿入されている。この映画が旧ソ連圏で人々に愛され、繰り返し鑑賞されるのにはそれだけの理由と深さがある。多くの暗示に富む素晴らしい映画だ。
0 件のコメント:
コメントを投稿